大人までの距離
「美鶴、背・・・・また伸びたよね?」
高校2年生の夏、教室の片隅で明日からの夏休みをどうするか話し合っていた二人。
が、突然の美鶴のキスに亘は不意打ちを突かれ、そのまま腰を抱かれた。
「なんだよ突然」
唇が離れた瞬間、亘はふっと目を上げた。
以前より美鶴の顔が上にある気がする。
そう思っての問いかけだったのだ。
「だって、この前はこんなに見上げなかったよ?」
疑問なのは、抱き合っての格好で身長差を計ってしまったのが、恥ずかしかったから。
「今更だろ?亘は小学生の頃から、小さかったじゃないか!」
「小さくないよっ!美鶴がデカ過ぎなんだよ!!」
「なんだよ・・・そのデカ過ぎって!」
「ホントのことだろ!カッちゃんよりデカいじゃないかっ!」
「うっ・・・・」
幼なじみのカッちゃんの名前が出てくると、どうにも美鶴は弱い。
宮原をはじめ、仲良し4人組・・・と言われ、小学校の頃から4人でつるんで居た中で、カッちゃんは兎に角亘が特別で、そして・・・美鶴より背が高かった。
宮原もそれなりにはあるのだが、高校になってからは亘と大差がなく、美鶴とカッちゃんだけがこれでもか!と言うように、ガンガン背を伸ばしていった。
そして2年の春を過ぎた頃・・・
「俺、身長止まったかも・・・・・」
と嘆いていたカッちゃんを、亘は覚えている。
宮原など涼しい顔で、
「それだけ伸びれば、十分じゃない?」
と笑顔で言ってのけた。
ので、
「美鶴はデカ過ぎ!」
は間違った発言ではないのだ。
だが・・・美鶴曰く、
「亘とキスをするには、丁度良い身長差・・・だろ?」
と以前言っていたのだが。
・・・・
「これ以上伸びたら、僕が背伸びする羽目になるよ?」
ごもっともだ。
「・・・じゃあ、明日から牛乳飲むのを止める!」
「・・・・まだ、飲んでいたの?」
亘の素直な突っ込み。
だが、美鶴は真剣だった。
「これ以上背が伸びて、亘とキスが出来ないのはイヤだ」
「そう言う問題?」
呆れる亘を横目に、美鶴は何かを思いだしたように、亘を腕に抱きしめる。
「だけど身長差を気にしなくて済む方法があるぞ」
「え・・・えっ・・・何?どういうこと?」
美鶴の笑顔に、少し不安を覚える、亘。
だが次の言葉に、亘は顔を赤くした。
「横になれば、意味無いだろ?」
「え・・・・えっーーーーーー!?」
驚く亘をよそに、その体を押し倒そうとする、美鶴。
「すとーーーーっぷ!!」
「・・・・えっ!?」
「ちっ・・・」
1人の大きな声で、美鶴の愚考は防がれた。
「芦川、学校ではダメだって・・・・」
宮原は鞄を肩に担ぎ、呆れた声を出しつつも、目は笑ったままだ。
言葉は美鶴の行動を止めているが、どうも態度とか雰囲気は、止めようと言う気がないらしい。
「宮原ぁ~芦川にそれ言っても、無理だぞ!」
そんな宮原の後ろから、大きな陰がのそっと教室に入ってくる。と、宮原の肩越しに二人をじーっと見つめた。
「カッちゃん、なにその言い方!?」
亘のむくれた顔を見たカッちゃんは、歯をむき出して笑いながら、ずばっと言ってのけた。
「だってよ・・・芦川が1度だって、俺たちの言うこと聞いたことあるか?・・・それも亘絡みはぜってぇ聞かないだろ?」
そこで美鶴を抜かした二人は、目を見合わせ同時に「うんうん」と頷く。
「それがどうした?」
それに対しての美鶴の言葉。
いやはや、天晴れ♪
平然と言って返す美鶴に、カッちゃんもぐうの音も出ない。
「・・・・だってよ・・・宮原。行こうぜ!」
「あっ・・・小村・・・待ってよ!!」
カッちゃんの後を追って宮原が「先行くねー」と廊下を走って行った。
「・・・・・・・・はーーーーーーーーーーーーっ・・・・」
「・・・・美鶴?」
突然深いため息をこぼす美鶴に、亘はきょとんとして顔を寄せた。
覗き込み、ニコッと笑い、美鶴の頬に口付ける。
そして唇に触れるだけの、幼いキス。
「わっ・・・・わたるっ・・・」
亘からのキスに、美鶴はかなり狼狽えた。
「ねぇ、今はこれだけでも良いんじゃないの?」
亘のキスは、罪悪が全然ない。
拙いキスなのだが、愛情はちゃんとこもっていて、美鶴をその気にさせるには充分だった。
だが・・・
「まだ僕ら高校2年生だよ?・・・急がなきゃダメ?・・・今ここで、その・・・美鶴のモノになっても良いけど、ここでじゃなきゃいけないこと?」
その質問に美鶴は言葉に詰まった。
正直、今すぐ抱きたいのが本音だ。
だが・・・
初めての亘をこんな汚い場所(1学期最後なので、大掃除済みだが)で抱くのは、何ともいたたまれないと言うか、勿体ない。
そんな美鶴の気持ちを読みとったのか亘は、またも微笑む。
「帰ろうか?・・・・カッちゃんたち絶対昇降口で待ってるよ!!今日は映画見に行く約束でしょ?」
「亘っ・・・」
美鶴の手を引っ張って、亘は自分の鞄と美鶴の鞄をを手にした。
「・・・大丈夫。僕はずっと美鶴の側にいるよ」
その言葉に美鶴はハッと、何かを思いだしたように顔を上げる。
「約束だろ?」
そうして太陽の光にも負けない笑顔を、亘は美鶴にくれるのだ。
そう・・・急がなくて良い。
まだまだ時間はたくさんある。
ずっと一緒と決めたのだから。
2度と、この手を離さないと・・・・
側にいると、誓ったのだから。
了