応接室を後にして、真っ直ぐ昇降口に向かう。
グラウンドの喧噪も静まり、夕闇が背中から追ってくる時間。
部活動が終わって正門に群れが増えていく中、さらなる苛つく原因を発見してしまった。
「よう、恭弥!」
何か聞こえた気がした。
「ちょっ…おいっ…待ってって!!」
赤い車が目に入ったが、その周りに群れる黒い山を見たくもなくて、足を止めることはしなかった。
「ボースっ!振られたんすかー?」
「ぎゃはははははっ…かっこ悪ぃですぜぇ~!」
「うっせーーっぞっ!」
黒山の一団から冷やかしの声を受けた男は、焦りながら僕の後を追ってくる。
群れる奴らを始末すればこんな気持ちも落ち着くのだろうか?
このイライラの原因は、後を追ってくる男の声だと確信を持った。
「恭弥っ!!」
足早に歩く僕の腕を、その男は捕まえようとした。トンファーでその腕を払いのけようとしたが、寸前でそれを避けられる。
「ちっ…」
油断していたら完璧に吹っ飛ばすほどの威力だった。流石ファミリーのボス。そして…ディーノ曰く元家庭教師。
……とは未だに認めてないが。
「恭っ…!」
「……何?なんの用?」
怒りも露わに振り返れば、少し焦った様な顔をしたディーノが一定の距離を保って立ち止まっていた。
「なんで無視するんだ?……」
した覚えはない。ただ、目の前に見えたモノを見なかっただけだ。
「この後、暇だろ?」
決めつけた様な言い方に流石にムッとする。
「暇じゃない」
即答してやれば、やっぱりな…という顔でディーノは肩を落とす。
「あなたも、僕に来いと言うの?」
じれったい。
草食動物たちと同じ事を言いたいだけだろう。
どうせ自分から言い出せないのだろうから、呆れた会話はさっさと終わらせるに限る。
いや、一番呆れているのはディーノが来て自分を誘うだろうと思っていた自分にだ。
「イヤ……恭弥が、人混みって言うか、賑やかな場所苦手なのは知ってっけどよ…」
少し照れたように頬をぽりぽりかくディーノが、なんとも変だ。
「僕は人混みが苦手とかじゃなくて、群れるのが嫌いなだけだよ」
行く気はないと、背を向ける。
「……なんで俺が待っていたのか、知ってたんだな」
その言葉に、自然と肩が震えた。
「恭弥?」
気づいていた?
誘いに来るのを、心の片隅で望んでいた自分を。
「恭……」
「今朝知った」
「へ…?」
自分は何を言おうとしているのか。
「草食動物が、来いって言うから…」
「あ、ああ……。俺も昨日まで忘れて居たんだけどな、ツナから連絡があって時間があったから来てみたんだ」
何を言いたいのか汲み取ったディーノは、嬉しさのあまり声が弾む。
雲雀は珍しくその腕を振り解くことなく、ディーノの肩に頬をすり寄せた。
「えっ!?」
もちろん滅多にない行動に、ディーノは驚いていた。
「バカみたい……」
誰も自分を分かろうとしてくれない。でも分かって欲しいとも思わなかった。
そんな中、やはりディーノだけは違っていた。それが少し嬉しい。
ディーノの肩に頬をすり寄せていると、朝からずっと感じていたイライラが、スッと消えて行くのが分かった。
この男に勝てないはずだ。
年上だから…ってだけじゃない。
何年も先を歩いた人としての経験。
ファミリーの頂点に立つ男としての人を見る目。
だからだろうか?
自分との格の違いを、マザマザと見せつけられた。けど…そこには満足感がある。
なら余いつか必ずこの手で、この男を咬み殺してやると心に誓える。
そして…
「ディーノ…」
顔を上げた僕を、上から愛おしそうに見つめてくる目とぶつかった。
「…どうした、恭弥?」
僕の頭を優しくずっとなでつける手を捕まえる。
大きな掌。
鞭を持つその手には、マメが堅くなっていて、大きさは僕の頭を包み込めるほどだ。
戦い慣れた手。
人を、何人も殺してきた手。
「今日だけだ…」
そう言って、その掌に口づける。
ピクッと大きな肩が揺れた。
驚いているのが手に取る様に分かる。
「恭っ……」
だからもっと驚かせたくて、開いたままの唇にキスをした。
いくら何でも、まだ日が沈みきらない道ばたでキスをするなんてディーノも思っても見なかったのだろう。
「おめでと…」
聞こえるか聞こえないかの声で言ってやる。
「えっ!?……ちょっ、きょーやっ…今っ…!」
体をパッと離すと、背を向けさっさとその場から去る。
したことのないことをしたので、心臓がバクバクいっているのが分かる。
それを聞かれたくなくて歩調を早めると、後ろから大きな声でディーノが追いかけてくる。
「なっ…なぁ、もう1回言って!……聞こえ無かった!」
「もう年なの?」
スタスタと歩く僕の横に追いつきながら、さっきの言葉をもう1度とディーノは強請ってくる。
「年って、あんな声じゃ聞こえねぇよっ!…なぁ、恭弥っ!!」
肩を掴まれて、今度こそトンファーを腹に叩き込んでやる。
「ぐほっ…」
それが見事決まって、ディーノは道ばたに踞った。
「ひっでぇー」
呆れる男だ。かなり力を込めたのに、寸でで交わしているから威力は1/3程度だ。
「調子に乗りすぎだよ」
「いいじゃんかよー!折角チュゥーしてくれたんだ、ちゃんと誕生日のお祝いって聞きてぇモンだろ?」
「知らないよ」
「きょぉーやぁ~」
情けない声を出しつつも、諦めず後を追ってくる。
藍色に沈む道ばたでディーノの声を背中に聞きながら、星空を見上げるのも悪くはないと、そう思った。
END
1ヶ月経ってしまう前に後半UPできたようです。
拙い文をここまで読んでくださって、ありがとうございます。^^